房総GOAT

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うっ、、 

忙しくて、、書かなければと思っているのですが、、、。

出産シーズンを過ぎ、子ヤギ達の鳴き声で賑やかです。
その間、カナダのオタワからyulico一家が訪れ、いすみ川をカヤックで下り、田植えをし、色々なことが季節と共に流れて行きました。

いつも通り良い事もあれば悪い事もありますが、家族元気にやっています。
書きたいことは一杯あるので、もう少し落ち着くまでお待ちを。
家族 *  TB: 0  *  CM: 1  * top △ 

クーちゃんの出産 

その話を聞いて長女が言いました。
「やっぱりクーちゃんはルーちゃんとミーちゃんを産んだでしょ!」

先日、昼ごろにクーちゃんが雄雌2頭を出産しました。
2頭とも逆子で特に2頭目は色々大変でしたが、4時間近くかけて出産しました。

クーちゃん出産

父親であるジョセフィーンと同じく白、顔もジョセフィーンそっくりでクーちゃんのアルパイン種特有のシャープな顔立ち、体つきは全くありませんでした。
それでも何はともあれ無事2頭が生まれてきました。

子供たちは可愛くて可愛くて仕方がないようです。
特に長女は。

これから出産のチビとデカ。
暖かい日が続き、ヤギたちも穏やかに過ごす毎日です。
チビとデカ



後日、もう少し色々書きたいと思います。
取り急ぎ、ご報告を。


追記
そう書いていたらイコちゃんも2頭出産しました。
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ウノちゃん さよなら 

その日はどうしても心配で目覚めてすぐに牧場へと向かった。
車を停めて走る。
牧場に到着する前から足音を聞きつけて真っ先に鳴き声を上げるウノの声に耳を澄ませた。
「おはよう」
それでもウノの鳴き声は聞こえない。

心の中ではわかっていた事だった。
ウノは昨夕に弱りきっていて、回復の見込みは全くなくなっていた。
そんなウノが少しでも楽に天に昇れるようにと色々やった。
夜の帳が下りた後、ここでの別れが最後になることは承知していたので話をした。
腰麻痺になるまで群れをリードしてくれた事への感謝。
腰麻痺になり倒れて行くヤギがいる中で、自身が腰麻痺になっても生きる力を決して失わなかった強さ。
何よりここに来てくれた事への感謝。
本当に驚くべき強さと他のヤギへのやさしさを兼ね備えた、素晴らしいヤギだった。
暗闇に包まれたヤギ舎のワラの上に横たわるウノ。
私は隣に座り、体を撫でながら話し続けた。
最後に首に息を吹きかけ、ヤギ舎を離れた。

幾人の先輩飼養家に言われた。
「気持ちはわかるけど、精神的にもたなくなるぞ。」
「名前なんかつけるからそうなるんだ。皆ナンバリングした方が良いって。」
「そんで食ってこうと思っとるんなら、そんな事に心を煩わされっちゃいかん。いや、わかるけど。」

ウノはある日、急によろめき始め、翌日には息も絶えだえの状態になっていた。
その状態を見れば手を尽くしても回復の見込みが全くないことだけはすぐにわかった。

朝、ウノの死を確認した。
魂の抜けた体だけが、そこに残されていた。
手を合わせた。

家畜保健衛生所に連絡し検死を依頼した。
翌日には死因不明との回答があった。
ただ、死因ではないが線虫の数がこの時期にしては多いので群れ全体が同じ可能性が高く、これから暖かくなるにつれて急激に数を増すので注意した方が良いと言うアドバイスを貰った。



今頃、子供と一緒に走っているだろうか。

ウノちゃん。
ありがとう。
さようなら。







やぎ *  TB: 0  *  CM: 2  * top △ 

雨の朝 

目を覚ますと霧雨が降っていた。
曇りと言っていた昨日の天気予報も外れたようで、明け方近くから降り始めた感じだった。
出産間近の母ヤギも多いので牧場に行きたくもあるが、急に気温が落ちて寒い。
朝からモチベーションが下がっている。
布団の中の子供たちに「一緒に行こうか」と言うと一様に「雨が降っていて寒いからヤダ」「お父さんだけで行ってきて」という返事。
「これも仕事だ」と言って牧場に連行し、強制労働に従事させる事はやらされている方よりやらせている自分の方が面白くないのでやるつもりもない。
そんな訳で私一人で牧場に向かう。
つい最近やってきた軽トラに乗り込んで。
小雨で霧煙る牧場に到着し、ヤギたちの様子を観察する。
特に変わった様子のヤギもおらず、みな元気に駆け寄ってくるのを撫でて、声を掛ける。
お湯で戻したヘイキューブにヌカなど混ぜた餌を準備する。
皆飼料小屋を覗き込み、鳴き、私を急かすのを眺めながら、手元の餌の入ったバケツをせっせと撹拌し、ヤギの強さの順位で餌を与える。
ある程度考慮しないと群れの雰囲気が一気に悪化するので軽視すると面倒な事になる。
搾乳期間にそれをやるとあからさまに言うことを聞かなくなったり、乳量が減る。
弱いヤギは先に食べ終わったヤギに餌をとられやすいので個別に仕切った中で与える。
ヤギたちが食べている間に飲水の入ったバケツを洗い、新しい水を注ぐ。
ヤギ舎の床を掃除する。
ほうきはそろそろ買い換えなければならない。
知らぬ間にヤギが食べていて、どんどん細くなっていく。
最初の頃と比べると半分以下の量しか残っていない。
ちなみにヤギ達は食べている間は静かだ。
我が家の子供たちも食べている間は静かだ。

霧雨はいつまで降り続くか判らないが、ヤギ達は今日はヤギ舎でゆっくりしているだろう。
ただ、山に入って木の葉を食べることもないだろうから、山に入って竹を7,8本切り倒して、ヤギ舎に担いで行く。
それに気付いたヤギから順に猛然と走ってくる。
ジョセフィーンが全力でこちらに走ってくるとちょっと怖い。
彼が本当に体当たりしない事は判っていても、されたら私でも吹き飛ばされる。
ジョセフィーンはいつものように私にぶつかる直前で前足を突っ張って急ブレーキを踏み込むようにして止まる、、、つもりだったが、雨でぬかるんでいて豪快に体当たりされた。
竹を担いで、ノーガードだった脇腹にジョセフィーンの除角失敗した角がぶつかってきて、痛みに息が詰まった。
それでも彼はお構いなしに尻尾を振りながら猛然と笹を食べ始めた。

ヤギ達の出産が近いので作業は幾らでもあるのだが、雨で作業もはかどらないので別な用事を片付けに出掛ける。
泥だらけの長靴を履き替える。
軽トラが早晩泥だらけになることはわかっているのだが、それはもう少し先にしたい気持ちが強くて、そんな悪あがきをしている。
昼過ぎから晴れ間が見え始めた。
朝のどんよりと暗く沈んでいた霧雨が嘘だったみたいに午後2時頃には晴れ渡っていた。

用事に結構時間を取られた午後遅くの帰り道。
左に大きくカーブした登り道を軽トラで走っていくと目の前に小型乗用車が横転していた。
道路中央の右側を向いて天井があり、左側に車の底が向いていた。
今しがた横転した感じで車はゆらゆら揺れていた。
道の左側の石垣に乗り上げ、そのまま横転したようで、すぐに軽トラを道の脇に寄せ、声を掛けると「大丈夫です」と返ってきた。
老夫婦が乗っていて、運転中のご主人が脇見をした一瞬に起こった出来事らしく呆然としていた。
上を向いている助手席のドアを重量選手のように持ち上げて、車から出るのを手伝う。
二人とも何とか出るものの奥さんが胸が痛いと道路に座り込んでいるので、道路脇の畑で我々を眺めて突っ立っているおばさんに救急車と警察を呼ぶように頼み、渋滞し始めている交通整理を始めた。

左カーブの曲がりきったところで車が横転して、左車線を完全に塞いでいるので、同じ車線でスピードを出す大型トラックが来ると結構ヒヤヒヤする。
大型トラックは全て猛スピードだ。
「猛スピードを出さないトラックは大型トラックではない」という『決まり』があるかのように猛スピードを出してくる。
そんな道路で一人私は片側交互通行を始める。
よもや学生時代にやっていた警備員のバイトをここで再現するとは思ってもみなかった。
黙々と一人で手信号を送って交通整理する。
10分くらいして救急車が、その後バイクに乗った警官も来る。
私は横転した瞬間を目撃していないので、その場で解放。
ご主人は胸を痛がる奥さんではなく、車のレッカー移動に時間がかかりそうな事をしきりに心配して、救急車の奥さんには一言もなかった。
私の靴はこの喧騒の中、車から滲み出た油と泥で汚れていた。

翌朝、ある用事で東京に向かう途中に事故のご主人から電話を受けた。
感謝の言葉と共に奥さんも大丈夫とのことで一安心。
私は朝から東京で割とフォーマルな会合があり、牧場に行くような服装ではなく、ピシッとした恰好をして、普段会うこともない社会的に偉い方と話をした。
1時間くらいでその話も済み、立ち上がると、その方が一点を凝視していた。
視線を追った先には私の汚れきった靴があった。
私は「ハッ」と息を呑み、彼も一言も発さず、ミーティングルームは沈黙に満たされていた。

今日は晴れ。
今頃、妻がヤギ達に餌をあげている。

家族 *  TB: 0  *  CM: 0  * top △ 

ウノ 

今朝、牧場へ行くとウノが流産していました。
ヤギ舎の隅っこに赤く丸まった小さい命がありました。
すでに冷たくなっていました。
普通なら出産は1ヶ月半後でした。

ウノは8月にやってきました。
とても私に良くなついているヤギで、乳の出も良く、強くても力を振るうわけでもなく群れの中でも悠然と落ち着いたリーダー格の存在でした。
彼女が群れに加わってから群れ全体に落ち着きが出て、争いが大分減りました。
強いからと言って他のヤギを虐める訳でもなく、どっしりと群れの中に腰を落ち着けて、周囲にはいつも虐められやすい弱いヤギたちが体を寄せている存在です。
ヤギ舎に行くとクーちゃんと同じように一声上げて、すぐに駆け寄ってきます。
そんな強さと人懐っこさのあるヤギでした。

しかし、9月10日の朝に後ろ足を引きずるように歩いている姿を見ました。
腰麻痺です。
すぐに駆虫薬を打ち、様子を見ましたが、変化がありませんでした。
4日続けて打ち様子を見ましたが、遂に立てなくなりました。
後ろ足の自由が効かずに腰砕けになり、全く立てずにいました。
食欲の旺盛さは相変わらずでしたが、5日間経っても立てませんでした。
それからは毎日日中は天井から吊り下げ、脚をマッサージし、水と餌を切らさず与え続けました。
雨風、台風が来ても毎日続けました。
「良くなってくれよ」
そう言いながらよくなる日を信じてリハビリに励む毎日でした。
食欲は旺盛で、座りっぱなしの癖して餌を横から食べようとする他のヤギに頭突きをしようとする元気はあります。
とはいえ、一方で経済動物として割り切れていない自分もいることは承知していました。
経済動物としてなら、こんなにマンパワーをかけて治療をするのは誤っています。
そんな状態に答えを見出せないながらもリハビリを続けていたある日。
我が家のヤギ専属医である下山田さんからアドバイスを受けて与えたレメディがヒットしました。
後ろ足に力が入り、動くようになったのです。
2日後には自力で立ち始め、エサ箱から餌を食べるようになりました。
回復の仕方を見ていると「ひょっとしたら正常の状態まで回復するのでは」と期待を抱かせるほどでした。
しかし、後ろ足に力が入らず、他のヤギたちから集中的に苛められるようになりました。
結局、再び隔離して様子を見る事になりました。
かなりきついびっこを引き、体はいつも弓なりに折れ曲がった歩き方をします。
この体では出産も負担が大きいので、ゆっくり休ませようと思っていました。
そんな10月下旬のある朝。
ジョセフィーンが仕切りを飛び越え、ウノちゃんと一緒にいました。
ウノちゃんは妊娠していました。
迂闊でした。
まさかジョセフィーンが1メートル10センチの柵を超えていくとは考えてもいませんでした。

ウノちゃんは負担がかからないよう、群れから離し、静かに落ち着いた環境を作りました。
いつも日向ぼっこをして首を地面に投げ出して眠っていました。
少しずつお腹の膨らみも目立ち、ひょっとしてこのまま行けば出産できるかもしれないと思っていた矢先に流産が起こりました。

子供たちもその小さな存在に言葉をなくしていました。
妊娠も流産も私に原因があり、「悔しい」の一言に尽きます。
ウノちゃんの赤ん坊は乾燥ワラを敷き詰めて、ウノちゃんの好物と一緒に埋葬しました。

ウノちゃんは何事もないかのように草を食んでいます。
出産の春はすぐそこまで来ています。

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